|
|
これは「事故」の範疇ではないかも知れませんが、中央本線419列車機銃掃射事件(湯の花トンネル列車銃撃事件)も年表に掲載されているので、追加をご検討されるのはいかがでしょうか?
もし過去のブログにこの事件の記述がありましたら、ご容赦下さい。
1945年8月8日 筑紫駅列車空襲事件(死者64名・負傷者100余名)
概要
西鉄大牟田線を久留米方面から福岡方面へ向かっていた上り電車(200系2両編成)が、続けて福岡発9時25分の大牟田行き下り電車(100系2両編成)が、それぞれ筑紫駅に差しかかったところを米軍機(ムスタングとの説がある)数機から立て続けに機銃掃射を浴びた。(名称は当時)
原因
太平洋戦争中の米軍の空襲。当時の筑紫駅周辺は田園地帯であり、駅の上下線ホームに小さな木造の待合室があるのみで、機銃掃射に対して全く無防備であったようである。下り電車は約200名の乗客で超満員であったことも災いした。なお、同じ日には大牟田線宮の陣駅でも上り電車が米軍機の機銃掃射を受け、数名が負傷したとされる。
影響
西鉄史上最悪の惨事として社史に残る。諸説あるが、上り電車は乗客20名中8名死亡、超満員の下り電車は乗客約200名中56名死亡、負傷者は100余名といわれる。銃痕が残った待合室は、現在筑紫駅西口にある筑紫野市役所筑紫出張所前に移築保存されていて、毎年慰霊式が行われている。
|
|