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1984年5月5日11時30分頃、阪急神戸線六甲駅構内にて、梅田行特急(2000系8B、梅田方の先頭車は2050)と山陽電鉄の回送(3050系4B、梅田方の先頭車は3064)が衝突。特急は前3両が、回送は4両全車が脱線し、車両が傾きました。
原因は山陽の運転士がATSの電源を切り、車掌の発車合図も聞かず、信号も確認せずに発車した為に、回送が本線に出た所に特急が衝突しました。
事故のあった休日は、山陽が六甲で特急の通過待ちをするのですが、平日は六甲駅で阪急普通が阪急特急の退避をするので、普通が到着する前に山陽車はすぐに発車していきます。
しかし、運転士は平日と勘違いしたのか、信号等を確認せず、本線へ出た所、特急が山陽車の1両目に衝突し、73人が負傷しました。事故後、山陽車の車掌が事故を未然に防げなかった自責の念に駆られ、自社の列車に飛び込み自殺しました。この事故で阪急2050が廃車になりました。
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